河野石材店

お墓じまいの考え方

2025.09.01 コラム

先日、不要となった石材の処分を委託している会社社長に「いつ頃来れます?」って聞いたら、「すいません、10月入っちゃいます・・・」「!?マジ!?」

良くも悪くもお墓じまいは私の知らないところで加速度的に進んでいるようです。先日来のブログの通り弊社においてはお盆前までお墓の解体よりも新規建立や外柵全面刷新等の仕事に追われていましたので、その間の解体のご依頼はご辞退させていただいておりました。

ですが、そのご依頼主の方の中には

①ハガキ1枚に、ここの場所のお墓の解体いくらかかりますか?見積もり出たらメールください・・・など情報のみを押し付けて来る方や、

②最初に「相見積もりになってしまうけどいい?ごめんね~(こんなに軽くないけどニュアンスはこんな感じ)」って最初に謝っておけば許されると大きな勘違いをされている方とか、

③こちらの見積もりを取った上で無反応、挙句の果てに「今日のお墓じまいの閉眼供養のお約束大丈夫ですか?」いや、ちょっと待て。何の回答もなく相見積もりで他社様で工事をするにも関わらず、突然電話してきて「大丈夫」って失礼にもほどがある・・・。

あなた方ね、こちらが業者でその対価を頂戴する立場とはいえ「いい年してものの言い方、伝え方ってのを親やそのお墓に眠る先祖に教わらなかったの?お墓の話なのに!不敬にもほどがあるんじゃない?時間泥棒に付き合う暇はないのよ、私。お客様は神様ですか?とんでもねえ、あたしゃ神様だよ!って故志村けんさんばりにぶちかましてくれりゃ話は別ですがね( ̄▽ ̄)」←ここウケるとこw

とは言わないかわりに丁重にご辞退させていただいたのは言うまでもありません(強調しますよ、あえて。だって言ってないもんw)が、③の人は日本人じゃないかも・・・

 ですが、今後は言っちゃうかもですよ。その根拠をこの春彼岸に開催した「お墓じまいセミナー」のスライドを引用してご説明。

忙しくもやることはやってるんですよ、こう見えて。詳しくはこの場で語りきれませんが、お墓じまいとは何か?を突き詰めるとこういうことだと思うんです。

ドキッとしませんか?

ここでいう更地とは、納骨堂からご遺骨を取り出したあと、人の手によって造作された一切を可能な限り取り除き、その土地をお墓として使用する前の状態に戻す こと。その戻す先の主は土地(土)の「神」。ですからお墓じまいは立派な「仏事あるいは神事(読めますね? ぶ つ じ  し ん じ )」ですよ、ね、ね。

皆さんがお住いの家、建てる前には神式仏式問わず概ね「地鎮祭」しますでしょ?これってザックリ言えば土の神に「この地をお借りしますのでよろしくお願いいたします。」ってことだと思うんです。お墓でも地鎮祭をやります。意味合いは同じ。ですからお墓として使用しなくなったら土の「神」に返すわけですよ。ここへのフォーカスって案外見落とされがちでしたよね。なぜなら「これまで誰も教えてくれなかったから」

お坊さんにお墓としての閉眼の読経をしてもらったら遺骨を取り出し、石材等を撤去・・・でおしまい!じゃなく、「これでこの地を神に無事返納することができました、ありがとうございます。」という「思い・意識」があるかないかって今後重要だと思います。なぜなら・・・・・

「あなたはこのコラムに目をとおしてしまったから・・・」

人によっては「読まなきゃよかった、マイ拝金主義が揺らいで強く出れないじゃん!・・・」

そんなあなた、残念な人ですね。気づきましょう、時代はもう変わってますよ。どう変わっているか?教えません(笑)ご自身で気づきましょう!

「思い・意識」からなる「気づき」。このコラムをお読みになられた方々、このコラムでの気づきは場合によっちゃ「残りの生き方を変えるきっかけ」になるかもしれません。また気づきはあらゆる場面で「癖」になったほうが良い。それって事象を多角的な視点で見れるし結果、そのほうが絶対に楽しい!ボサーっと生きてるといろいろ見逃しますぜ。

って言えるくらい「お墓は深い」んです。とはいえこのお話は知ったなかではまだ浅瀬。ちょっとずつディープになっていくはず・・・。

ではまた。